2004-夏 情報源:GVS
地球ボランティア協会(GVS)は1992年に芦屋で設立され、主にフィリピン、ケニア、ペルーで事業を行ってきた。今回は、フィリピン、バタンガス州リパ市近郊における裏庭養豚プロジェクトを窓口にGVSの活動を紹介すると共に価値教育について考えてみたい。
マニラから車で2時間、バタンガス州リパ市からさらに30分で、ルセロ一家の住む村にたどり着く。
ルセロ家は、計画当初から裏庭養豚に加わった家族で、暮らし向きが大きく改善した。
フェリノ・ルセロは、アジア初の家族農業学校で民間の教育基金を得て1988年に設立されたダガタン家族農業学校へ入学した。一学年の定員は35名で、教育年限は3年。
教育プログラムは3週間サイクルで組まれている。最初の1週間は学校に寄宿しながらの勉強で、栄養や身のまわりの衛生等、生活全般についての指導も受ける。技術的な面だけではなく、徹底して人格形成に力を入れている。続く2週間、学生は家に戻り、学んだ農業や家事を実践すると共に、与えられた宿題や課題をこなす。この間、教師は各家庭を訪問し、実践と課題を確認、必要な指導を行う。
入学するには、本人が初等教育を終えていること、家族が農業に携わっていること、狭くとも耕す土地を持っていることが条件となる。
フェリノは1991年にこの学校を卒業し、農業大学に進学したが、自分の家業を継ぐために94年に大学を諦めた。農業に希望があると教えてくれた家族農業学校の影響は大きかった。
ちょうどそのころ、GVSのカウンターパートの女性ボランティア推進協会(DAWV)は、この地域の主婦を対象に貯金グループ(グラミンバンク形式のマイクロクレディット)を組織していた。家族農業学校の校長は、このDAWVに生計向上の活動支援を依頼した。DAWVが中心となって父母会が開かれた結果、養豚が選ばれた。
その後、参加家族は初年度はルセロ家を含む15家族とすることなどが決められ、GVSがこの地域で裏庭養豚プロジェクトを支援する上で必要なカウンターパート、学校、対象農家、インスペクター等が全て出揃った。
このプロジェクトに対し日本外務省のNGO補助金が付き、残りは個人からの寄附金で賄うこととした。幸い、フィリピン協会や国際協力高等研究所、それに日本の養豚専門家等からもアドバイスを得ることができた。
プロジェクト開始時点で対象家族それぞれに5匹の子豚と餌、ワクチンを提供した。全て無利子とはいえ返済を義務付けることにした。貧困地域に共通して見られる依存体質、なるようにしかならないという諦めの態度、互いに協力することをしない不一致等の改善がプロジェクトの成否を左右するからである。
2ヶ月過ぎたころ、手抜きの家族が出てきて、豚が病気で死んだり、対象家族が食べてしまったりするような予期せぬ問題も起きた。
プロジェクトを進めるうちに、技術や知識の習得よりも、根気強さ、忍耐強さといったよい習慣(自然徳)のウェイトが大きいことに改めて気づいた。熱意が冷めても手を抜かない、問題に直面しても諦めないという態度の問題だ。援助にあたって、知識、技術を伝えることは、すぐに思い浮かぶ。しかし、態度・姿勢の改善は看過されやすい。知識や技能を習得する意欲、働く意欲、生き甲斐など、その根本を支える部分がなおざりになってしまう。貧困地域の人々に力を付けてもらう場合にそうだと、うまくいかない。
養豚に話を戻そう。3年間を振り返って見ると、当初の計画にそって養豚プロジェクトで採算が合うレベルに達した家族が約4割。後の2割は損もなければ儲かりもしないレベルに、残りの4割は採算割れに留まった。
ルセロ家は、今では母豚を7匹持つまでになった。家の床は泥からコンクリートに変わり、豚舎も増改築した。カラオケも買い、結婚した娘の家を近くに建てている。プロジェクトを始めた頃にフェリノが夢見ていたことは、着実に実現しつつある。
忍耐強く働く、あきらめない、誠実に生きる。こうした習慣を身に付けるには、どうすれば良いのだろう。まずは、それぞれが自らの理想や使命を明らかにすることだろう。その過程で価値あることは何で、その中で最も価値あることは何なのかを掴み取ることである。様々な価値を明らかにしたうえで優先順位をつける。それを助けるのが価値教育である。フィリピンでは価値教育を体系づけようという動きが既に始まっている。
技術は手に、知識は頭に、価値は心にそれぞれ対応する。心に対する教育訓練が価値教育である。日本でも「心の教育」が提唱されて久しい。しかし教育現場での実践には、今だ決め手を欠いていると聞く。フィリピンの価値教育の経験に学ぶことはできないものだろうか。また、より多くの人に伝えるためにはどうすればよいのだろうか。
今後への大きな課題である。